うどん4

そんな青春時代を送っていましたがそれから幾星霜

ごく最近は

うどん
    当たり前の食べものだな。香川県あたりでは思い入れはあるようだが、
    普通にいつでも食べるものだろう。
    近所のスーパーでうどん一玉33円なので、なにかとよく食べる。
    ざっと茹でてほんつゆを薄めて暖めたものを加え、おやつや、夜食に、
    月見うどんでも原価60円はしない。
うどんのたま


どんぶり
    大きい目がよいですね

つゆ
    汁の元を薄めるだけ。
tuyu
七味
    必然

ねぎ
    白ねぎが出てきたら、ちゃぶ台返しかも。

すうどん
    ゆでたうどんに汁をかけただけのもの。オプションで天かすとか、とろろ昆布とかがある。
    とりあえずうどん玉を鍋にとって湯がきます。
    湯だったら、ざるで漉すのですが、そのお湯は食べる容器を温めるのに使います。
    濃縮汁を、薄めて温めてゆだったうどんにかけてできあがり。

これは、すうどん++ですが (かにかま、とろろこんぶ、てんかす)
su++





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うどん3

大阪大学石橋キャンパス、

    所属する部室がこちらにあったので、本来の学部の吹田よりもこっちのほうに良くいてた。

    石橋の生協食堂は日本一うどんが安かったそうです。
    私が入学した当時(1974年)

    すうどん・25円
    きつね・30円
    てんぷら/月見・35円

    でした。

    そのほか

    阪大定食(150円)か、A定食(120円)をたいてい食べていた。
    揚げ物主流の、定食はソースをしっかりかけるのがあたりまえではあるが
    食卓のウスターソースは、じゃばじゃばかけれたが、あきらきに水で薄めてあった。

    まあ、小腹がすいたときに、きつねとか
    財布が寒いときに、定食の代わりに、てんぷらとすうどんとか、食べてましたな。


大学で探検部とかいう倶楽部に入った、で

武器
    飯を食うのは戦いである。従って、そのときに使うものは武器である。
    スプーンとかフォークとか箸などは一般(ではなくてワンゲルとかボーイスカウトあたり
    の言い方かも)に武器と呼ばれる。

    よくわからないけど大便をすることを雉を撃つ、とか言うことがある。
    更にわからないのだが、同様のネタで、鱒を釣るとかいうのもあったりする。

インスタントラーメン
    探検部の活動の大部分は合宿なので、食事を作らないといけないのですが、とりあえず飯は炊きます。
    その次は、レトルトカレーだったり、味噌汁だったり、インスタントラーメンだったりします。

    ええと、10人前のインスタントラーメンをでかい鍋で作ろうと思うと、一人前とはぜんぜん違う
    手順になります。
    まず鍋で湯を沸かし始めると、すかさず分量分のパッケージを空けては、緬とスープを分けます。
    スープは開封して、傍においておきます。
    鍋の湯が沸いたら、すかさず、緬を放り込みます。すぐに火を止めて、緬をほぐします。
    そこそこ緬がほぐれたら、スープを急いで放り込みます。
    そして適当に混ぜて、待ち構えている、メンバーに早く自分の分を、確保しろ、と。
    
    インスタントラーメンは一人分を作って食べることを想定した食品なので、大量に
    調理すると、伸びちゃって不味くなるんですよ。

    そう、ここは、飯を丼によそい、ラーメンも丼で、ひたすら食らいこむ場面です。

うどん2

記憶は小学校に入ってからにうつる。
1年は多分給食は無かった。家に帰って昼食を食べていた。
たまに中学に入った姉の弁当のついでに作られた弁当もどきが昼食であることもあったが・・。

2年以降はたしか給食があったものの、土曜日は半ドンである。
母は駅前のうどん屋にうどうを注文してもいいよ、などというもので
帰りに、うどんの出前を頼むことがあった。
出前のオートバイに拾われて、一緒に出前されたこともあった。

その後少しづつ年を経ると、店先でたこ焼きを焼いてる、駄菓子屋とか
店先は、たこ焼きで、中はお好み焼きで、普通にうどんなんかも出してくれる店とかが
普通にある時代だったし、それが当たり前と思うようになった。

時々外食
まあ上記のような店で、たこ焼きや、うどんを食べたりしていた。
   お好み焼きは、コストパフォーマンスがわるかった。
   うどんは100円以内なのに2~300円とか。

教生の兄ちゃんと近所のうどん
   小学校の頃、教生にきていた兄ちゃんが近所の店でうどんを食べさせてくれた。
   仲のいい友達と取り合いながら食べていたら、兄弟みたいだね言われた。

先輩のおごりで日本橋でうどん
   中学に入って、先輩に日本橋に連れて行ってもらった。ラジオとかの部品が買える町である。
   そこらの店に入ってうどんをおごってもらった。
   先輩はええとこのぼんぼんだったのだろうか。

高校の頃のうどんに関する印象はあんまりないかな。
   いつも弁当だったのでほとんど縁が無かったんだけど、早弁をして、学食で
   うどんを食ったことがあったような。

うどんが

うどんとか外食についての思い出



私が幼稚園児だった頃。
当時、阪急豊中駅にほど近い、社宅に住んでいたが、父が自分の家を作りたいと
思ったようで、可能性のある土地を探していた。
阪急宝塚沿線を想定していたらしく、花屋敷とか、箕面とかの土地を見歩いていた。
帰りは大体夕方で、駅前の店で夕食を済ませたいという母の意向で
よく、うどん屋で食事をしていた。
当時の私のマイブームは、蒸し寿司であった。散らし寿司を蒸し器で蒸したものだったようだ。
今もあるのだろうか。

ところで、当時利用した店は「きつね」と「たぬき」、同じ並びで数件隔てただけだった。
どんないきさつがあったのだろう。

また我が家の家族は、父と母と姉と私の4人だったのだが、姉はそのとき
夕食をどうしていたのだろう。姉は小学校の6年だったはずだが。

結局、箕面駅の近くに家を建てることになって、経過を時々見に行った。
その帰りも似たような食事風景が繰り返された。
ただ、蒸し寿司とか言ったら、こんなときにとかいって母に否定されて
きつねを食べたことがあったような気がする。

ちなみに当時、うどんをたのむと、三角の紙の袋に入った七味が出た。
当時の私にはたくさんの七味は耐えられず、三角の先端を切ってほんの少しだけ
かけていた。

とりあえずブログ作ってみた

とりあえず開設。

多分、燻製を作ったり、お酒(もどき)を、作ったり
そんな、日常生活の表記になると思いますが。

プロフィール

cawcbwccw

Author:cawcbwccw
無職、妻と子供3人は別居中
燻製とか、日曜大工とかが趣味です。断酒しているので自家醸造とかは封印されてしまいました。
もと電子技術者

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